闘病記 髄膜炎(10月〜12月)

髄膜炎になって三日間意識不明になって奇跡的に助かった時の話です。  

     10月から12月

10月になり病院へは、週一回の外来で行っています。
何も異常なく日々を送っていて、平和な日々で下の子の幼稚園の行事など、
色々と忙しく、やる事はいっぱいあります。
真ん中の子は、サッカーを習っているので、11月には、ガンバのホームグラウンドで
試合をします。今まで試合をしたことが無いので、強いのか弱いのか全くわかりません。
AチームとBチーム分かれて、30チームぐらいいたのですが、最後にどちらも決勝まで行って、
優勝と、準優勝でびっくりでした。
試合が終わって、その週の木曜日に外来へ行き、白血球が1300位あって少し高いなと思いました。
そして金曜日の夜に熱が出てきて、薬の副作用の熱と思っていたところ、翌日には38度台、
意識もあまりはっきりしていないので、夕方4時ごろ病院へ、するとCRPの値も10位あるので、
何かに感染しているので、入院することに、そして意識ももうろうで失禁までする始末で、
なにか普通と違う様子、そして夜中になって、MRAをする事にするとなんと髄膜炎、
運の悪い事に日曜日、何の菌かわからないけど、抗生剤を入れることに、そして朝本人は、
意識不明の重体、でも日曜日でも運良く菌を培養して調べてくれる事に、そして判明したのが、
リステリアと言う細菌、健康な人には何事も無い菌で弱った人や幼児、お年寄りなどが感染すると、
死亡率も高く助かっても、何かの障害が残るのだそうです。
親としては、非常にショックでごはんものどを通りません。
そして娘は、両手両足に8本の点滴で、主治医の話では、良くなっても何かの障害が残るとのこと
そして三日目の朝娘は、目を覚ましのどが渇いたなにか呑ませてとの言葉、まさに奇跡です。
何の障害も無く、回復へ助かった原因は病気になる前にプレドニンの副作用で、沢山の食事を取り
栄養を蓄えていたからで、三日間戦う体力があったからで、もし違う時だったら無事には、すまなかった
と思います。



薬剤師の先生に聞いたのですがバクタやめたのがリステリアに感染したそうです。
それからまたバクタを開始して退院まで40日近くかかり大変な年末でした。
今回の事で白血病の恐ろしさがよく分かり、これから先小さな言でも油断せずに、病気と闘って
行かなければ、行けないと思いました。